真っ赤なお伽話
しかし、いつも感じるのは一割の後悔と九割の安堵。きっと死んだところでほとんど後悔しないのだろう。何の意味があるのだろうか?誰も彼もが毎日毎日飽きもせずルーティンワークを繰り返し、得たものは極少の物。感覚としては「あぁ、終わったか」と。あるのは大して努力しなかった定期テストが終わったときの脱力感と寂寞感。
そう、その程度なのだ。貴様等が途方も無く長く、クソくだらない何十年間で得たものなどその程度なのだ。理解しただろうか?そこで少しは利口な物は死について考える。「こんなに、長いこと生きても意味が無いならいま死んでも良いのでは?」
それはあまりにも間違った模範解答である。誰しもが辿り着く誤った解答である。確かに真実の側面はかすりはしている。しかし、生きながらにして死を考える者とは一体どういう物であるのか?
「何時までそこにいるつもりだ運命の反逆者?なんだ。もしかして身を削ってでも『水のしたたるいい男』とかやりたいのか?」
僕はふと曇天を見上げた。
いつからか空からは容赦なく雨が降っていた。服には大きな水玉模様が広がり、体が酷く重く感じたが、急ぐ必要もない。だって急いだその先には何も無いのだから。
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