いと。
ーことんー
「どうぞ。」
私がリクエストした通り小さな器でビーフシチューが出てきた。
「………ありがとうございます。」
温かい湯気と赤ワインのいい香りがする一品。添えられたスプーンでひと口食べると…
「あ、美味しい。」
とっても手の込んだ、深い味がした。
「でしょ?師匠直伝なんだ。」
「師匠?」
「そう。俺がずっと修行してたバーのマスター。独り立ちするのを応援してくれて、このレシピも教えてくれたんだ。
あの人は俺の大事な師匠であり、恩師。」
嬉しそうにそう語る顔は、笑顔がとてもキレイだった。きっと、いい人間関係を作ってきたんだろう。
「いいですね。そんな風に大切に思える人がいるって。」
「君は?LINKの店長も仕事ぶりは凄いだろ?」
「あ、わかりますか?あの人は私の目標です。目利きも、魅せ方も、知識も接客も、あの人は凄いです。
いつかあんな風にって思いますけど現実は夢のまた夢ですね。追いつきたくて資格や技術は磨いてますけど、距離が縮まる気はしないです。」
「……ふ~ん。そっか。
でも努力の分は確実に近づくんだよ。これはおれの経験則から言えること。
お店持ちたいの?」
「……どうかな。いつかそうなれたら素敵だなとは思います。
でも明確な目標ではないです。今は背中を追いかけるので精一杯で、それが全てです。」
そんな話誰にもしたことはないのに、すらすらと話してしまうのは酔わないはずのお酒の力か、彼の聞き上手な話術のおかげか…。
私はこの日とても珍しく、
誰かと食を共にするということを
楽しく思っていた。