いと。
「…ごちそうさまでした。」
特に会話もなく食事を済ませ、食器を下げて洗い物をする。
拭き上げたスープマグを戻そうと食器棚を開けると、目に入ったのはシンプルなベージュのお皿だった。
これ…は………。
無意識に左手の傷に触れる。
そうだ、これは私が倉庫で倒れた時に割ってしまったのと同じものだ。
シンプルさときれいなオーバルの形が気に入って数点をシリーズで仕入れたものだった。
夢を持って楽しんでいた大好きな仕事…だけど、今は全て失った。
………ものすごく不甲斐なくて情けない私を思い知らされる。あんな父親とすら呼べない人に振り回され自分ひとりの人生すらまともに生きられていない。
「…………っ!?」
不意に後ろから、左手を持ち上げられて驚いた。戸澤さんの視線は数針縫った傷跡に向けられていて、思わず掌をきゅっと握ってそれを隠そうとした。
「戸澤さん!…離してください。見られたくないです。」
「………。」
「戸澤さん!」
「…もう、痛まないのか?」
耳のそばで聞こえる声にはどこか心配のような…違う何か、労りのような感情が含まれている気がした。
「平気です。…だから料理もしたじゃないですか。」
手を解いて食器棚を閉める。
キッチンを出ようと彼の横をすり抜けると
「待て。」
「なっ!?」
強引に腕を引かれ、あっという間にその腕に包まれてしまった。
「は…離してください!」
抵抗しようと踠いても力では敵うはずもなく、なす術もなくそのまま抱きしめられる。
「………離してください。私はあなたのものじゃない!こんなことされたくない!」
「…オレのものだろ?オレが拾った。
ここにだって……印がある。」
昨日つけられた紅い印を指先で撫でられ息を飲む。
「…ちょっ…と!やだ!いやだ、かお……る…!」
咄嗟に口から出たのは、自分から手放したはずの人の名前だった。
その瞬間、心がびくりと跳ね上がる。
もう決して、呼んではいけない名前。
だって彼はもう、私の『愛しいひと』ではない。
自分でそう決めたのに……!
「…あ………、違う。ちが…う。
私は、もう………!」
制御が効かなくなったように暴れようとする心。その時、
「んっ…………!」
降ってきたのは、強引で…でも、優しくて柔らかい唇だった。
それはほんの少しだけそのまま私の唇に留まり、すぐに離れてまたぎゅっと抱きしめられた。
「………落ち着けよ。
ずっと好きだったんだろ?いきなり切り替えなんてできるわけない。
仕方ないだろ………。
でも………でも、これでお前は傷モノだろ。もう、あいつに合わせる顔もない。諦めろ。
だからもう、余計な気持ちに振り回されるな。
今は自分の身体のことだけ、考えろ。」