常務サマ。この恋、業務違反です
私から視線を外せないまま、高遠さんは手にしたファイルを手探りで書棚に戻した。
そして私を見下ろすと、一瞬ゴクッと息を飲んだ。


「……ごめん」


観念したように、短い溜め息混じりの声が頭上から降って来た。


「……っつーか、なんでそんなびしょ濡れなんだよ。あ、総務に行けば、タオルくらいあったはず……」


そう言って私の前から逃げようとするその腕を掴んで、私はゆっくり高遠さんを見上げた。


「大丈夫ですから、逃げないで下さい」

「……逃げないよ。でも、そのままじゃ風邪引くから」

「大丈夫です。私、結構丈夫なんで」


短く返事を繰り返す私に戸惑う視線を向けてから、高遠さんは目を伏せて大きく肩で息をした。


「……本当に、なんであんたはそんなに平気な顔してられるんだよ……」


大きな手で真っ赤な顔を隠しながら、高遠さんは再び書棚に背を預けた。
そのままズルズルと少しだけずり落ちて、私が見上げる角度が和らいだ。


「俺が……あんたに何したと思ってるんだよ」

「平気な訳ないじゃないですか!
ドキドキしてるし、こうやって顔を合わせることも緊張してます。ちゃんとそう言ったじゃないですか!」


ムキになってそう叫ぶ私を、高遠さんは軽く上目遣いで見つめて来る。
探るようなその視線に、またしてもドキンと胸が騒いだ。


「だけど……ちゃんと会って話をしないと、高遠さんはこのままずっと私を避けるって思ったから……」

「ああ、違いない。情けないけど、俺自身、あんなことした自分を忘れたい」

「あんなことって」

「なんで聞くんだよ……」


高遠さんは深い息を吐いて、私から顔を背けた。
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