常務サマ。この恋、業務違反です



広いキッチンに佇んで、私はぼんやりと鍋の中を眺めていた。


トマトのホール缶を投入したばかりだから、まだ水分が多い。
小さな泡が沸々と小気味いい音を立てる。
確かに耳に届いているのに、私の意識は手元の鍋から遠退いて行く。


加瀬君から連絡のないまま週末を迎えた。


待ってろって言われた。
だから気持ちを抑えて言われた通りに待った。
だけどこんな状況のまま迎える休日は生き地獄だと思った。


航平と過ごすのが苦しい。


一緒にいると言葉に表せないくらいの幸せを感じる。
そしてその分だけ、本当のことを言えない辛さが増す。
自分の卑怯さを思い知らされて、直ぐにでも本当のことを言ってしまいたくなる。


だから、本当は断るべきだった。
少なくとも今週くらいは。
加瀬君から何らかの指示が入るまでは、航平との距離を図った方がいいことは自分でもわかっていたんだから。


でも出来なかった。


定時を終えて帰り支度をする私に、航平は柔らかく笑いかけた。


「今週も一緒に過ごせる?」


予定を確認するというよりは、私の意志を探ってるみたいだって思った。


ごめんなさい、と言おうとして思い切って顔を上げた。
それでも、私の一言でこの笑顔がたとえ一瞬でも曇ってしまうと思ったら、とても言葉に出来なかった。


うん、と消え入りそうな返事をして、私は身体の脇で右手をギュッと握り締めた。


一人で過ごしたって、思い詰めてしまうだけで状況が進展する訳じゃない。


航平と一緒に過ごすことにそんな言い訳をしながら、手の平に載せられた航平の家の鍵を見て、キュンとしてしまう。


私だって航平と過ごす週末を楽しみにしていたんだから、仕方ないじゃない。
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