常務サマ。この恋、業務違反です
定時で仕事を終えて、トイレでメイクを直しながら、私は加瀬君に短いメールを入れた。


『ごめん。急な接待に同行することになった』


デスクで事務仕事をしていたのか、加瀬君からの返事も直ぐに戻って来る。


『酒? だったら少しは高遠さんの素が見れるかもな!』


どこまでもスパイだな、と苦笑しながら、私はポーチを小さなトートバッグに戻して、ヒールを鳴らして執務室に戻った。
高遠さんも約束の時間を意識しているのか、パソコンをシャットダウンして黒いトレンチコートを腕に提げていた。


「お待たせしました」

「……ん」


高遠さんは私の姿を確認すると、パタンとノートパソコンを閉じた。
そして、ドア口に立った私の目の前を横切って執務室を出る。私もその後に従った。


ビルの車寄せからタクシーに乗って、着いたのは高輪の純日本風家屋の一軒家の前だった。
タクシーが走り去るのを見て呆然とする私にチラッと目を向けて、高遠さんはクッと小さく息を吐いて笑った。


「どこだここ!?って思ってるだろ。安心しろ。ここが店だから」


そう言って迷う様子もなく極普通の民家の玄関に向かって行く高遠さんの背中を、私は慌てて追い掛けた。


「一日に一件しか予約を取らない隠れ家料亭……っていうのかな。一度来たら、先方が大層気に入ってね」

「そ、そうなんですか。接待って言うから、私つい……」

「ホステスがつく……とか思ってたろ。まあ、そういうのもたまにあるけど、あんたを同行させるつもりはないから、安心しろ」

「い、いえっ! 大丈夫です! だから、連れて来て下さい」
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