会社で恋しちゃダメですか?
山科は黙る。
「忘れてください。ぜんぜんあんなこと言うつもりなかったんです。熱があがってて、ぼんやりしちゃって、余計で失礼なことをペラペラと話ちゃったんです。それだけですから」
「池山さん」
山科が一歩踏み出すので、園子は三歩、飛び跳ねるように下がった。
「わたしは、部長のお仕事の役に立てたら、それでいいですから。それが一番って、気づいたんです」
園子はなんとか挽回しようと、あれやこれや話だす。
「部長は、本当に仕事のできる人です。誰かのリーダーになれる人です。こんなに尊敬した上司は、初めてです」
山科が静かに立ち尽くす。視線が痛い。
「だから、熱に浮かされた戯れ言だと思って、水に流してください」
山科はデスクにその長い指をおいて、考えるようにポンポンと叩く。
「俺はそんなに、できた男じゃないよ」
そう言う。
「部長はできた人です」
園子は繰り返した。
「俺は、いつも逃げ腰で、今だって怖くて仕方がない」
山科が言った。
「あおいと別れた時、俺は親父の思う通りに生きていくのだと思った。親父の連れてくる女性と結婚して、親父の会社を継ぐのだと」
園子は山科が何を言うのか分からず、首を傾げて山科を見上げた。
「またあんな風に、大切な人と引き離されるのは耐えられないんだ。俺はすごく弱虫で、勇気がない」
園子は「もう大丈夫じゃないですか」と言う。
「彼女と引き離されるなんてこと、ありませんよ。今ならお父様も彼女を認めてくださると思います」