残念御曹司の恋

「実咲さんも、大変ですね。」

いつからか、彼は私に対しても労いの言葉を掛けるようになっていた。

「何が?私なんて何にも大変じゃないよ。お兄ちゃんみたいに期待されてないし。」

父と母が私に望んでいることは、跡取りである兄のように立派に成長することではなくて、従順で聞き分けがよい娘になることだと気づいたのは思春期になってすぐだった。

勉強もそこそこでいい。
身なりに気を遣って、愛想良くしていなさい。
そう言われ続ければ、嫌でも気が付くというものだ。

だから、私はとにかくどこでもにこにこと笑っていた。
そうしていれば、父は上機嫌だし、周りも可愛がってくれた。
でも、私はそうするたびに自分を酷く否定された気がして、無性に悲しくなった。
でも、どうすることもできないまま、必死に笑顔を作る毎日。

「そうですか?もし、辛くなったら言って下さい。話くらいなら聞けますから。」

彼は、何でもないことのように言って笑った。
私の仮面に、両親も兄も友達ですら誰も気づかなかったのに。
彼は、彼だけは、気が付いたのだ。

そんな彼に恋をするなと言う方が無理だろう。
彼と会うときは心が弾んで、自分でもびっくりするほど明るい声が出た。
わざわざ玄関で到着を待っていたこともある。
遠くからでもついつい目で彼を追ってしまって、目が合えば笑い合った。
そして、何より彼の前では自然な笑顔で居られたのだ。
私の幼い態度から、きっと私の気持ちはバレバレだったと思う。
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