残念御曹司の恋
「俺の勘は当たるんだ。」

三十年前にも、彼は同じ言葉を口にした。

私と夫が初めて会ったのは三十年前の暑い夏の日で。
私は、短大を卒業してから五年間、地元長野に当時出来たばかりの工作機械メーカー「クマザワ」の工場で事務員として働いていた。

何か人生について明確な目標が有ったわけではない。
ただ何となく自宅からの通勤が便利で、きれいな新しい事務所で働けたらいいなと思って選んだ職場だ。
職場の同僚か、親が薦めるお見合い相手と結婚するまでの‘’腰掛け‘’のつもりだったから、あまり深く考えることも無かった。

しかし、働いてみると仕事は結構楽しかった。
給料の計算や、シフト表の作成などの人事の仕事が主だったが、自分のやったことで誰かから感謝されることが嬉しくて。
周りの女の子たちが二、三年で寿退社していくのに対して、私は独身生活を楽しみながら仕事を続けていて、気づけば工場の事務員の中では一番のベテランになっていた。

キャリアウーマンなどという大それたものを目指していた訳ではない。
ただ何となく日々の生活を頑張っていたら、五年の月日が経っていただけだ。
だから、両親もそろそろ結婚をして欲しいというオーラを出しているし、実家に住まい続けるのも肩身が狭くなってきたため、そろそろお見合いでもするか、などと気楽に考えていただけだった。


私、佐藤千夏。
ちょうど26歳を迎えた夏。

この後、大きく人生を変える出会いが待っていようとは、思ってもみなかった。
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