残念御曹司の恋
「それだけは、駄目だ。絶対に帰さない。」

その瞬間、彼の顔が強ばるのが分かった。後頭部に手を回されて強引に唇を奪われる。
そのまま、抵抗する私の身体をベッドに押さえつけた。
有無を言わさぬような彼の勢いに、思わず私も怯むが、それでも彼の肩を押し返す。

そんな私のわずかな抵抗は叶わず、口づけは次第に深くなり、やがて身体から全ての力が抜けていく。
それに気づいた彼に首筋に吸い付くようなキスをされて、私の身体は小さく震えた。

それは、怯えた訳ではなくて、再び彼に触れられた喜びによるものだった。
私の心の中は戸惑いよりも歓喜で満たされていく。

彼の手が下着の隙間から差し入れられ、私の胸に直に触れたとき、思わず心の中に浮かんだ言葉を漏らしていた。

「…また、抱いてくれるの?」

その一言と共に涙が一筋流れた。
それを見て、彼は驚いた顔で手を止めた。

「何を言ってるんだ?」

訳が分からないという顔を向けてくる彼に対して、私はうれしさの余り涙が止まらなかった。

「…もう、抱いてくれないのかと思ってた。」

言葉は止まらず、我慢していたものが一気に口から溢れ出た。

「だって…あなた、もう子どもは要らないって。子どもを産んでから、あまり触れてくれないし、私はもう用済みなんでしょ?」

ひっくひっくと、子どもみたいに泣きじゃくる私を見て、彼は唖然としていた。
彼の前だけじゃない。大人になってからこんな姿を誰かに見せたことなんてない。
頑張って張りつめていた心が一気に崩れていく。

「あなたにとって、私はただの気まぐれで妻にしただけの人間でも。私は…あなたのことを愛してるの。愛する人の側にいるのに、愛してもらえずに過ごすのは、悲しくて、寂しくて、辛くて。もう、いっそのこと、あなたの顔の見えないところへ行ってしまいたくて。」

心の中にあったもやもやを全て言葉にして、涙で滲んだ視界の先にとらえるのは愛おしい人のひどく曖昧な輪郭だけで、その表情までは分からなかった。
涙はどれだけ拭っても次々に溢れてくる。

もしかすると、彼は呆れているのかもしれない。
その証拠に、私の顔を上から眺めているはずの彼は、先ほどから言葉を発しない。

全てをさらけ出してしまった。
後悔はないが、後戻りは出来ない。
見て見ぬ振りをして、今までの生活を続けることはもう叶わないのだ。

< 150 / 155 >

この作品をシェア

pagetop