残念御曹司の恋
しばらくの沈黙の後、覚悟を決めて目を閉じたとき、不意に彼が一つ小さく息を吐いた。
それは、「ふっ」っと微かに笑ったようにも感じた。

「何を言い出すのかと思ったら、随分な言われようだな。」

恐る恐る瞳を開けば、目の前には何故か夫の笑顔があった。

「気まぐれで妻を選ぶほど、いい加減な人間ではないつもりだが。」

そう言って、私の上半身を抱き起こしてから、ゆっくりと私の頭をその男らしい手で撫でた。
私はその手をただ受け入れるだけで精一杯だった。

「子どもは竣さえいれば十分だと言った覚えはあるが、それはあくまで俺の意見だ。欲しければそう言えばいい。」
「は?」
「要相談ってことだ。」
「最近、一緒に眠ることもなかったから、私はてっきり…」
「育児で疲れてるだろうと思って、俺なりに気を遣っていたつもりだった。一緒のベッドじゃ、さすがに俺も我慢が利かない。」

夫はそう言うと少し照れくさそうに目を逸らした。

「大丈夫ですよ。竣も、最近はよく眠るようになってくれましたし。」
「それでも、竣が気になるだろう?せっかく盛り上がっていても、赤ん坊が泣いたら、そっちが優先だ。せめて、夜泣きが収まるまでは我慢しようと思っていた。」
「まさか、あなたがそんな風に考えてただなんて。」
「俺もそんなに出来た人間じゃないからな。たとえ赤ん坊でも、邪魔されたらいい気はしない。」
「息子ですよ?自分の。」
「だから、余計にだ。息子に嫉妬するなんて、馬鹿げたことは絶対に避けたいからな。」

そう言いながら、すでに十分拗ねたような表情をしている。たが、あえてそれは言わなかった。

再び目を合わせて、二人で微笑み合った。私の目の涙はすっかり止まり、久々に二人の間に甘い空気が漂い始める。

いよいよ、口づけを交わそうという時になって、竣が勢いよく泣き出した。

「やっぱり、子どもは一人でいい。」

悔しそうに私から体を話して、夫が言う。

「これ以上増えたら、千夏を完全に取られる。」

その子どもみたいな言い分に、私は思わず笑った。

「笑い事じゃない。せっかく、一目惚れした女を強引に連れて帰ってきた意味がないじゃないか。」
「え?今、なんて…」
「ほら、竣が泣いてる。」

素早く起き上がって、夫はベビーベッドへと歩み寄る。

「やっぱり、いいところで邪魔されるな。」

夫のふてくされたようなつぶやきが、少しだけ竣の泣き声と重なる。

彼の背中を追いかけながら、もう一度、私は彼の側を離れないと誓った。
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