残念御曹司の恋
平日の業務はのんびりしている。窓口にはほとんど来客がないので、書類作成や発送作業、店内の配置換えや整頓などを黙々とこなしていた。
カフェで谷口さんと話をしてから一週間、彼は相変わらず毎日のようにやってくるが、仕事の用件か軽い雑談のみ、以前のように誘われることはなくなった。
「メールか電話でもいいですよ」と伝えたら、「いや、健康のために少しは歩かなきゃ」と返されて、これには思わず隣の席の主任と顔を見合わせて笑ってしまった。
「じゃあ、またね。」
「はい。わざわざありがとうございました。」
今日も用件を済まして帰って行く彼を窓口から見送る。
彼は、入口の自動ドアから外に出る時に立ち止まって、外から入ってくる人物に道を譲った。
その瞬間、彼も私もその人物に目が釘付けになった。
スリーピースのいかにも高級なスーツを纏って、手には大きなキャリーケースを引いている。
住宅展示場には似つかわしくない人物。
しかも、その出で立ち以上に彼の放つ存在感のようなものが、明らかに場違いであった。
彼は窓口に立つ私の姿を視界に入れると、満足そうに微笑みながら近づいてきた。
「…竣?」
私はその人物の名前を小さく呟くと、驚きのあまり動けなくなった。
そのまま、力なくぺたりと椅子に腰を下ろす。
谷口さんは数十秒、その光景をただ困惑して見つめていたが、何かを察したかのように、去っていった。