残念御曹司の恋
展示場の広場にあるベンチに腰掛けると、冷たい風がすうっと通り抜けていった。

「まだ外は寒いな。」

「ええ、東京と比べると、やっぱり気温は低いわね。」

「東京では、もう桜が咲くらしい。」

「年々早くなるわね。温暖化かしら。」

何故か気候の話をしながら、二人並んで座っていた。
このまま、世間話だけで終わってくれるのかも知れない。
淡い期待のようなものが、私の頭を過ぎる。

長くなるのは避けたかった。後から苦しむ時間も長くなりそうだったから。

でも、何をしにきたのか、尋ねる勇気もなかった。
結婚式の招待状でも渡されたら、しばらく立ち直れないかもしれない。

誰から私の居場所を聞いたのかは、すでに分かっている。
知っているのは家族だけ。でも、両親は絶対に言わないだろうから、残るは…紫里しかいない。
妹からは、昨日も連絡があったが、特に変わった様子はなかった。
かわいい妹の顔を思い浮かべながら、私は一人考えていた。
この男は、どうやって彼女を説得したのだろうかと。
そして、彼女はどこまで話したのだろうか。

考えを巡らせて俯く私の顔をのぞき込むようにして、竣は私の視線を捉える。

やがて、その唇がそっと動き始めた。

「やっと、会えた。」

その言葉の意味することが何なのか。
すぐには判断がつかなかったけれど。
彼の瞳が不安げに揺れていることには気付いた。

その瞳から視線を外して、素知らぬ顔で世間話を続けることは出来なかった。

逃げられない。

彼の言葉を私は真摯に受け止めなければならない。
そして、私が今ここにいる理由も打ち明けなくてはならないだろう。

それを、彼が望んでいる。
知られずに済む方法など、私には残されていないのだ。
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