残念御曹司の恋
顔を上げていつもの司紗に戻ったように見えたが、やはりまだ緊張しているのか、珍しく会話が続かない。

そんな彼女がもう少し心が軽くなるように、言葉を掛ける。

「もう一つ言っておくけど。あまり、うちの両親に、身分がどうとか、家柄がどうとかは関係ないよ。」

「どうして?」

不思議そうに首を傾げた彼女に向けて、俺は得意げに続ける。

「俺の母親は、どこかの令嬢でもなければ、名家の出身でもない。…うちの会社の長野の工場の事務員だったんだ。」

「え?」

驚き目をパチクリさせる司紗に、思わず笑みがこぼれる。

「父親は、たまたま視察に行った自社工場で母を見初めて、そのまま東京まで連れて帰って来たらしい。もう、周りは大慌てで、散々反対されたみたいだけど。」

何度聞いても、強引な父親と、それに流されるままの母親が目に浮かんできて、笑える話だ。
あくまで、息子の俺にとっては、だが。

「最初の頃は、母は親戚から随分手厳しい歓迎にあったらしい。俺が生まれてからは大分マシになったみたいだけど。」

彼女はその苦労を決して語らないが、今だに時々うるさいことを言ってくる親族が居ることを思えば、大変だったことは容易に想像できる。

「だから、特に母は司紗をとても歓迎してる。やっと、仲間が出来た気分なんだよ。」

話をとても優しい表情で聞いていた司紗は、やがて静かに口を開いた。

「私も、お会いするのが、楽しみになってきたわ。」

ふふっと、笑った彼女の顔にもう一点の不安もない。
俺は、心から安心してハンドルを握り直した。
< 83 / 155 >

この作品をシェア

pagetop