残念御曹司の恋
車をガレージに置いてから、司紗の手を引いて門をくぐる。
生まれてから28年間ずっと住んでいる家なのに、見慣れた庭の景色も何だか新鮮に見えてくるから不思議だ。

「大きな家…」

司紗が母屋を見上げて思わず声を漏らした。
俺は高校に上がるのと同時に離れにある部屋を与えられていたから、司紗が母屋に上がるのはたぶんこれが初めてだ。
中は渡り廊下で繋がっているが、司紗に限らず俺を訪ねて来る人間は、基本的に離れの玄関を使う。
ゆえに、学生時代にこっそり自宅で逢瀬を重ねる事も可能だった。
とはいえ、目にしたことはあるはずだから、今更特に驚く事ではない。

「何度も来てるだろ。」
「こちらからお邪魔するのは、初めてだから。」

また緊張で表情が硬くなっている司紗が可愛い。
俺は、自然と顔がにやけてしまうのを隠しながら、玄関の引き戸に手を掛けた。

「ただいま。」

中に向かって呼びかければ、家政婦の仲本さんと一緒に母親が出迎えてくれた。
仲本さんは、俺が小学生の頃からこの家で働いている。
二人は早くも満面の笑みだ。

「おかえりなさいませ。」
「おかえり。」

仲本さんが丁寧におじきをする横で母親は、待ちきれないとばかりに俺の後ろをうかがっている。

仕方がない。見せてやるか。

俺は後ろに立つ司紗の肩に手をおいてもう一歩前に出るように促す。

「司紗、入って。」

そう声を掛けたところだった。
彼女の顔を一目見ただけで、目の前の二人の表情が驚きに変わる。
お互い一瞬顔を見合わせて「あら、まあ!」と言ったかと思えば、今度は急に微笑ましい視線を送ってきた。

「あの、初めまして!片桐司紗ともうします。本日は…」

司紗にしては珍しく慌てているのか、玄関で自己紹介を始めてしまった。
止めようと思った時、母親が代わりに口を開いた。

「司紗さん、とりあえず中へどうぞ。」

その声はとても優しかった。
司紗はハッとしたのか、「失礼しました」と、慌てて頭を下げていた。

「挨拶は中でゆっくりね。」

そう言って、彼女を迎え入れる。
二人で靴を脱いで上がると、母は小声で呟いた。

「でも、実は初めましてじゃないのよね。」

今度は、俺に意味深な視線を送ってくる。
仲本さんも、俺の顔を見て必死に笑いを堪えているようだ。

再び司紗に微笑みかけてから、母は言う。

「竣って、意外と一途なのね。何だか嬉しいわ。」

その一言に司紗は唖然としているが、俺は少しだけ焦った。
仲本さんが俺に生暖かい視線を送ってくる理由を理解する。

もしかして…、バレてる?
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