極甘上司に愛されてます
そのときは、連絡先こそ渡したが、彼女とはもう会うこともないだろうと思っていた。
専務とはまともに話せず、初対面の女に薬を盛られ、なかなか運の悪い一日を過ごしたなと思いながらも日常に戻り、迎えた週末。
俺は、未だ入院中の菊爺を見舞うために一人で病院を訪れていた。
『……調子はどうだ?』
『どうもこうも、不便でしょうがない。……お前も気をつけろよ? バイクなんて危ないもん乗り回してるんだから』
ベッドの上の菊爺は、北見に聞いていた通り麻痺がある他はいつもどおり。
俺への口うるさい忠告も忘れないその姿に、安心してほっと息をつく。
『……最近はあんま乗ってねぇよ。出勤に使えなくなったからな』
『就業規則が変わったのか?』
『まあ、そんなようなもんだ』
専務の顔を思い出して苦笑していると、菊爺が急に変なことを言い出す。
『お前……今付き合ってる人はいないのか?』
『なんだよ藪から棒に』
『いや、今回のことがあって、俺もいつ死ぬかわからないと思ってな。……その前に、お前が嫁さんもらったところは見ておきたいんだ』
『……らしくねぇな。縁起でもないこと言うなよ』
笑い飛ばした俺だけど、今のはきっと菊爺の本心なのだろうと思った。
今は気丈に喋っていても、事故は恐怖だったろうし、体が半分動かないことで、本人にしかわからない不安もあるだろう。
……菊爺には、北見のことを話しておいてもいいかもしれない。