極甘上司に愛されてます
北見はあの廊下にいて、俺と美緒の会話を聞いていた。
そのうえ、あの不本意なキスの現場も目撃してしまったらしい。
言いわけはしたくないし、何より隙があった俺にも非がある。北見が怒るのも当然のことだ。
でも……だからって、俺には彼女を手放す気なんて、これっぽっちもない。
*
「……追いかけなかった理由、聞かせてやるよ」
北見が立ち去ったあとの会社前。
俺が父親になる気を起こしたと勘違いして、満足そうな笑みを浮かべる美緒に対し、俺は静かに言った。
“恋なんて要らない”――そう思わせてしまったことを申し訳ないとおもいつつ、けれど北見の放ったその台詞を俺は悲観してはいない。
「追いかけなかった理由……? そんなの、彼女より私が大事になったからでしょう?」
「まさか。その逆だ。さっきのアイツ見てたら、より愛情が深くなった」
「……彼女はあなたに幻滅したみたいだったけど?」
「さっきの台詞、アンタも聞いてたろ? “編集長なんて最低、大っ嫌い”……ではなかった。“恋なんて要らない”だ」
北見は、考えることが嫌になっただけ。
疑心暗鬼になって、心が暗い気持ちに支配されていくことが怖いだけだ。
その裏側には、俺に対する強い想いがあると確信している。
一度誰かに落ちたら、その恋心は簡単に捨てられるものじゃない。
わざわざ“要らない”と言うのは、まだあいつが迷っているからだ。
ダストボックスを前にして、書き損じた原稿用紙のように丸めた恋心を、本当に捨ててしまうか否か。