君のとなりに
「…何を?」
「降谷さん、だけど。」

 降谷はぴたりと足を止め、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。そして桜の瞳を見つめた。

「…熱ある?」

 降谷の手が桜の額に触れた。それだけで、顔が熱い。
 泣いた顔も、嘘をついた顔も、いろんな顔を見られてもこうならなかった。朝日の下で、真っ直ぐに見つめられると恥ずかしさで逃げ出したくなる。

「ほっぺ、熱いな、お前。」

 額を離れ、頬に移った大きな手に桜は目を閉じた。そっと香る降谷の匂いに安らぐ気持ちと、緊張する気持ちがせめぎ合う。

「…お前、惚れっぽいのか?」
「違う。普段は惚れられる方だもん。」
「それはお前が簡単にやらせてくれそうだからだろ?」
「…それは、否定しないけど。」

 桜は頬を膨らませた。惚れっぽいから、降谷を好きだと思ったんじゃない。降谷に嫌われることも、本当は怖い。手を伸ばして、折られてしまったらと思わないわけでもない。それでも、手を伸ばそうとする桜を、いきなり切り捨てるようなことはしないと思うから、手を伸ばしてみたい。

「…付き合ってほしいとか、そういうことを言いたいんじゃない。でも…あたしのとなりに、いてほしい、時が、…ある。」

 すぐに彼女になりたいとか、そんなことは降谷との関係で当てはまらない気がした。そうじゃなくて、ただ、となりにいてほしい。

「…わかった。」
「え?わ、わかってくれたの?今ので?」

 あまりにあっさりとした返事に、桜の方が面食らう。

「お前が言いたいことは何となく。彼女じゃなくていいから、でも呼び出したいときに呼び出していいかってことだろ?」
「…ち、違う様な…でも、後半はそうかも。」
「いいよ。好きな時に呼び出せ。」
「…いいの?」
「彼女じゃねぇけど。」
「…いいもん、彼女じゃなくて。」
「…彼女になりたいんだったら、…本気になるんだな。」

 そう言って、右の口角が上がった降谷は、なんだかいつもと違って男の人みたいだ。
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