……っぽい。
 
唇をぎゅっと引き結び、何かにじっと耐えている様子の笠松に、再度私は口にする。


「行ってきて。私のためだと思って」


にっこり笑顔の花も添える。

キャンペーンで出張する時間を私のために使いたいと言ってくれた笠松にはズルい言い方になってしまったけれど、裏を返せば、私のために出張に行ってほしいと頼むことにより、笠松から“行く”以外の選択を奪うことができる。

嫌われるのを覚悟の、汚いやり口だ。

でも。

今はまだ分からないかもしれないけれど、これからの仕事においても、まだまだ続く長い人生においても、今回のことはきっと役に立つから。

騙されたと思って行ってみてよ、笠松。


「海月は何も分かってない!」


けれど、私の意に反して笠松はそう声を荒げ、頭をかきむしると乱暴にジャケットを脱いでバスルームに駆け込んで行ってしまった。

あまりの迫力に驚きすぎて身動きの一つさえできなかった私だけれど、少しして聞こえてきたシャワーの音で、ようやく我に返る。


笠松に怒鳴られたのは、これで2回目だ。

1回は“溺愛されてなんぼでしょう!”と言われたときで、でもあれは、あとから感じたのだけれど、怒るというより叱るだった。
 
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