泣き虫イミテーション
二衣は遠くにいってなんかいやしなかった。店をでてすぐに、壁に寄りかかって、こちらにふりむく。光成は拗ねたような顔で歩道を挟んで、ガードレールに腰かけている。

「…なんでまだここなんだよ」

「朔良くんを待っていたからね。すぐに来てくれると信じてたよ」

「若松と共犯だから?」

「そうだね」

移動しようかと歩き出す。その手はいま、誰にも握られていなくて、冷たい風に吹かれて少しずつ冷えていく。

駅の西口すぐにあるふれあい広場のベンチに腰掛ける。光成は2つ隣のベンチへ。こちらをつとめて視界に入れないように座る。二衣はその様子に少しだけ困ったような笑顔になった。

「橘は、もう俺をいらないとおもったの?」

「…清算しなくちゃいけないと思ったよ。」

「俺との関係を?朱本と恋しあうために?」

「違うね、私のしたことをだよ。ごめんなさい、私の我が儘のために君を巻き込んでしまったから。」

「俺は謝って欲しいわけじゃない。そんなことのために追いかけてきたんじゃないよ。」
「…知ってる。」

「でも、言いたくないんだ。俺は意外とプライドが高かったのかもしれない。だって、しょうがない。呪いだっていうんだから。」
「朔良くん、私は、これからきっと時間をかけて、光成のことを好きになるよ。それは時間がかかりすぎたら、恋じゃなくて、愛や情になるかもしれない。それでも、私はずるいから、なりたいものになると決めてしまったから、もう今しかないよ。今しか、君を見てない。」

朔良は手を伸ばした。朔良がキスするかのような体勢に光成が立ち上がりかけたがもちろんそうではなかった。指先だけが冷たくなった手が二衣の両耳を塞ぐ。音がぼやけてほとんど聞こえなくなった。
その二衣に向けて、朔良が口を動かす。

声は届かないけれど。ちゃんとわかる。骨伝導して聞こえてるんじゃないかってくらい。

「□□、□□□□」

「ごめんね、朔良くん。私はちゃんと君に呪われていたよ。」
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