幸せそうな顔をみせて【完】
「上がる?」


 玄関先でずっと抱き寄せられたまま、時間は流れていく。それでも、副島新は私を抱く腕の力を緩める気配はない。それならこんな狭い玄関ではなくリビングの方がいいかもしれないと思った。副島新は仕事から真っ直ぐに私のマンションに来たようだから、立ったままでは疲れるだけだろう。


 せめて何か作って用意してあげたいと思った。コーヒーでもビールでも何でもいい。少しでも仕事の疲れから解放させてあげたい。でも、副島新の言葉は私の思い描いた言葉とは違っていた。


「上がったら帰れなくなるから」


 私の心はそれでもいいのにと思うのに、副島新は首を縦には振らなかった。そして、ゆっくりと私の身体を自由にする。


「葵とのことは大事だけど、仕事も大事。このまま葵に溺れてしまったら、俺は歯止めが利かなくなるのがなんとなく分かる。だから、平日は絶対に泊まらないし、泊まらせない」


 副島新らしい持論に私も頷く。


 このまま、流れるようにベッドに雪崩れ込むと甘く心まで蕩かせることが出来るだろう。でも、それではいけない。私も副島新も…。大事な仕事を抱えている。もしも、この恋で仕事の妨げになるならきっとこの恋は上手くいかない。それが分かるのは私と副島新との間にずっとあった同期としての時間。その時間は…私の中で副島新の人間性を見せている。


「うん。分かった」


「だけど、週末は葵が嫌って言っても放すつもりないから覚悟して来いよ」


「うん。分かった」


「葵が好きだ」

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