幸せそうな顔をみせて【完】
 副島新は大きな溜め息を吐くと、自分の腕の腕を緩め、私の身体を自由にする。そして、自分のスーツのポケットに手を入れると、何かを取り出し、私の右手を掴み、その上に置く。そして、それはシャランと心地の良い音を奏でた。私の手の上で揺れるのは小さな鈴の付いた鍵で、一瞬でこれが何の鍵だかわかった。


「これって?」


 聞かなくても想像はつく。でも、どうしても副島新の口から聞きたいと思ってしまった。ビールの酔いは醒める気配はない。甘く私を蕩かすような言葉が欲しい。自分でも我が儘だと思うけど、それでも言葉は欲しい。


「俺の部屋の鍵。俺の部屋に引っ越して来ないか?一緒に住もう。葵」


 副島新の部屋はファミリー向けの間取りになっているから、一緒に住むのに何も支障はない。付き合っているから、お互いに部屋を行き来することがこれからは増えると思う。でも、いきなり一緒に住むというのは敷居が高すぎる。いつでも遊びに来てもいいという言葉を待っていた私には一段越えた言葉に戸惑う。


「どういうつもり?」


「俺が金曜日に言ったことを覚えているか?」


 金曜日に言ったこと…。忘れるはずがない。


『葵と結婚して、俺は幸せになりたい』


 ゆっくりと頷く私に副島新は真剣な表情を私に向け、私の手の中にある鍵をキュッと握らせた。


「葵とは真剣に付き合いたいと思っている。だから、結婚を前提に考えて欲しい」


 あまりに真剣過ぎた言葉から目を逸らすと、そこには副島新の手があって、その手首にある時計はちょうど0時を差していた。

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