幸せそうな顔をみせて【完】
 掴まれた腕の先に視線を向けると、悲しい顔をした尚之が居た。夕方に尚之と駅前で別れたのはどのくらい前なのだろう。それなのにここにいる。そして、何でそんなに悲しい顔をするのだろう。酔っているので夢を見ているのかと一瞬思って、ゆっくりと首を振ってから目を開けると、そこにはやっぱり尚之の姿がある。


 そして、悲しそうな表情も消えない。


「なんで?」


「葵が飲み過ぎだから。送るから帰ろう」


「いい自分で帰れる」


「それだけ飲めば、もう、自分で立てないだろ。彼が迎えに来るなら俺は送らないけど、迎えに来ないなら俺が送っていく」


 今、副島新に迎えに来て貰うなんて出来ない。一番会いたくない人に連絡をするなんて考えられない。でも、尚之の性格を知り尽くしている私は一筋縄でいかないことも知っている。酔った頭では思考も纏まらない。だから、言い訳も考え付かないし、切り返しも出来そうにない。


「後で電話するからいい。尚之は気にしないで先に帰って」


「マスター。この子の精算して。カードで」


「ちょっと!!」


 尚之は私が止めるのも聞かずに清算を終わらせてしまうと私のバッグを持つと、私の腰に自分の腕を回しスッと抱きかかえるように椅子から降ろしたのだった。そして、私の足が床に着き、自分の足で立とうとするとグニャリと床が揺れたような気がした。


 転ばなかったのは尚之が私の身体を支えているからだった。

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