幸せそうな顔をみせて【完】
「そっか。たまには飲みたい日もあるもんな。でも、ちょっと飲み過ぎだから、俺が葵をマンションの部屋まで送っていく。それくらいいいだろ。このまま葵を置いて帰って何かあったら後味が悪すぎる」


「もう大丈夫だけど、マンションまで送ってくれる?」


「ああ。もちろん」


 きっと私のついた嘘に気付いている。でも、それ以上聞かないのは尚之の優しさ。私はその優しさに甘えることにした。今の私は気持ちの余裕がない。目を閉じれば目蓋の裏に二人の姿が焼き付いている。酔っていて思考はままならないのに、それでも消えてくれなかった。


「ほら、足元に気を付けろ」


「うん。ごめん」



 結局、私がタクシーに乗れたのはそれから30分くらいしてからのことだった。季節柄気温も高く酔いで気分が悪いのか、それとも湿度が高くて気分が悪いのか分からない。でも、店を出たばかりの私は確実に具合を悪くしていてもしかしたらタクシーも途中で降りないといけなかったかもしれない。


 タクシーの後部座席に座ると、揺れが酔いを増す。ハンカチで口元を抑える私に尚之はとっても優しかった。マンションの前で私は降りると、一緒に降りようとする尚之を止めた。ここまで送って貰ったらもう十分。


「ありがとう。あの、今日の飲み代とタクシー代は今度返すから。メアドは変わってる?」


「いや、前のまま変えてない」


「分かった。じゃ、本当にありがとう」


 そんな私の言葉に尚之はニッコリと微笑んだのだった。

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