幸せそうな顔をみせて【完】
 メールをした理由は昨日の借りたお金を返すからだった。尚之はいらないと言ったけど、それでも払っておきたいと思うし、それに昨日のことのお礼も言っておきたい。尚之が強引にしたこととはいえ、あの時連れて帰って貰ってなかったら自分では帰れなかったかもしれない。


『今日は残業』


 携帯が震えたかと思うと、たったこれだけのメールが届く。前々からそんなにメールとかするタイプじゃない。それは変わってないらしい。私はまた今度にしようと思って、駅の方に歩いていくことにした。駅までの道を歩いていると、前から小林主任と副島新がこちらの方に歩いて来る姿が見える。


 朝から行っていて、今、帰ってきたのだろう。二人とも穏やかな表情を浮かべているから仕事は上手く行ったみたい。駅に歩く私に気付いたのは小林主任よりも副島新の方が先だった。副島新の視線が私を捉えている。鋭い視線を私はじっと見つめていた。視線が外されることはない。


「お疲れ様です。お先に失礼します」


 私の存在に気付いた小林主任にそういうと、小林主任はニッコリと微笑んだ。


「さっき、メールで連絡が来ていた。どうも契約が上手く行きそうなんだってな。明日、その契約について話をしよう」


「はい。お願いします」


「じゃ、お疲れ様」


「お疲れ様。副島さんもお疲れ様でした」


 私は自分の心の揺れに気付かれないように会釈してから駅の方に向かった。すれ違う時に副島新の視線を感じたけどそれには気付かなかったふりをした。
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