幸せそうな顔をみせて【完】
 化粧を終わらせた私は静かにキッチンに向かうと出来上がったばかりのコーヒーをマグカップに入れた。いつもはミルクと砂糖を入れて甘くして飲むのに、今日はブラックのまま口に含む。ほろ苦い味が口中に広がってはいくけど、その苦みが背中をスッと伸ばさせる。


 目が覚めた。パッチリとはいかないけど、起きた時よりもかなりマシだった。


「こんなものかしら?」


 さっき、私の青白い顔を映していた鏡にもう一度自分の顔を映す。


 少し濃いけど、化粧をしたことで冴えない顔色は消すことが出来たと思う。そして、ほろ苦いブラックコーヒーは神経をピリピリと刺激する。そうして、自分の中の苦しさに蓋をしながら、私は社会人としての私を演出するしかない。悲しみも戸惑いも全部心の奥底に仕舞い込む。決して誰も見れないように大きな南京錠を掛ける。


「頑張れ私。私なら出来る」


 ヒールの高い黒の勝負パンプスを履くと自分の部屋を出たのだった。


 駅までの道は平坦で坂がないので歩きやすい。パンプスのヒールでアスファルトを蹴りながら前に向かって歩いていると、駅が見えてきた。そして、数分もしないうちに駅に着いたのだった。


 朝の駅は会社に向かう会社員で溢れている。そんなたくさんの人の波に揉まれながら改札に向かう。何時もならスムーズに抜けることが出来るのに、今日に限っては顔が冴えないだけでなく運動神経も全く働いてないみたいで、何度も壁の方に押しやられながら必死に改札に向かった。

< 204 / 323 >

この作品をシェア

pagetop