幸せそうな顔をみせて【完】
 準備が終わり会社を出たのは尚之との約束の時間の一時間前だった。小林主任と一緒に出掛けたのは何回かあるけど、今日ほど緊張することはなかった。もちろん体調が悪いのもある。尚之との関係をどう説明していいのかもわからないし。深くは聞いて来ないから言わないけど、でも、勘のいい小林主任なら気付くかもしれない。


 社用車に乗り込んだ私はフッと息を吐く。運転席の小林主任は私の緊張度合いが可笑しいかと思うくらいにご機嫌だった。ルンルンと歌いだしそうなくらいの勢いだ。何がそんなに小林主任を高揚させるのだろうか?


「小林主任。何かいいことありましたか?」


「あったよ」


 即答だった。営業室ではこんな顔を見せないのに、社用車という少し仕事場から離れた場所ではこんなに魅力的な顔を見せる。元々端正な顔をしているし、溌剌とした清々しさを纏った人だけど、今日は雰囲気が違う気がする。


「即答ですね」


「ああ、そのうちみんなに知れると思うから言うけど、婚約者がフランスから帰ってくるんだ」


 小林主任と言えば、会社でも惚れている女の子がたくさんいるほどの男の人で、独身というので、かなりのアプローチがあったと聞いている。でも、そんな小林主任に婚約者がいるとは思いもしなかった。小林主任にこんなに嬉しそうな顔をさせる婚約者の女の人はどんな人なんだろう?


「婚約してたのですか?」


「ああ。俺が彼女を離したくないから婚約で縛ったんだよ。悪い男だろ」
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