幸せそうな顔をみせて【完】
 何が心配ないというのだろう。女の子が泊まるには用意がいると先週も言ったばかりなのに副島新はやっぱり分かってない。副島新の部屋着の着心地は悪くなかったけど、やっぱり自分の部屋着には敵わない。


「でも」


 そんな言葉を呟くように言っても副島新はそのまま立ち上がると、私の手を引き、そのまま駅前のカフェを出たのだった。そして、タクシー乗り場を一瞥してから駅の中に入っていった。何があるのだろうかとタクシー乗り場の方を見たけど何もなかった。


「ねえ、自分の部屋に帰ってきてもいいでしょ」


「却下」


「本当にすぐに戻ってくるから」


「却下」


 何を言っても許してくれる気配はない。私もかなり粘ってみたけど、それも全て『却下』と一言だけで済ませてしまう。何度目かの問答の末、私は自分の部屋に戻るのを諦めていた。今でも本当は自分の部屋に戻ってから副島新の部屋に行きたいと思っているけど、それは無理そうだった。


 改札を通ると、副島新は私の手を掴んでゆっくりとホームに向かって歩き出す。会社の最寄の駅で、それもこんな会社帰りの人がたくさんいる場所で手を掴んで歩く副島新は何を考えているのだろう。繋がれた手から温もりが伝わってくる。そっと見上げると私の少し前を歩く副島新の横顔が見える。こんな風に手を引かれて歩く幸せを感じていた。


 電車がたくさんの人の並ぶホームに入ってきたのはそれからしばらくしてのことだった。

< 255 / 323 >

この作品をシェア

pagetop