幸せそうな顔をみせて【完】
 副島新は徐々に人がいなくなるホームのベンチに座ると横の空いているベンチを手でポンポンと叩く。ここに私に座れってことだと思った。急にこんな場所に座るから何かあるのかと思うけど、座っている副島新は通勤の人混みを嫌って少し時間を空けたのかもしれない。


 私が横に座ると副島新は私の方を見ずにゆっくりとした口調で話し出したのだった。


「あのさ、お前。今は何なら食べれるの?」


 ドキッとした。副島新と歩く志摩子さんを見てから食欲は激減していて今の私が何なら食べれるかなんて分からない。誤解と分かった今でも正直何を食べたいという気持ちは起こらない。でも、そんなことを言ったら絶対に怒られそうだから…。


「普通に何でも食べれるけど」


 嘘だった。心配させたくなかった。どこかに食べに行くにしろ、その店で自分が食べれるものを注文したらいいと思った。勘のいい副島新を誤魔化せる自信はないのに私は嘘を吐く。心配させたくないという気持ちがどうしても心の中にある。


 少し自分を大人に見せたかった。少しでも綺麗だと、一緒に傍に居たいと。


「じゃ。焼肉に連れて行く。この前、取引先の人から俺のマンションの近くにある穴場的な焼肉屋を紹介して貰ったんだ。そこに行きたいけどいい?」


「え?」


どうしよう。


 居酒屋とか普通のレストランならともかく焼肉とか絶対に無理。いきなりの焼肉に頷くべきが本気で迷った。


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