幸せそうな顔をみせて【完】
 似たような仕事はいくらでもあるだろう。でも、私は今のこの会社がとっても好きで、ずっとこの会社に勤めるつもりだった。


 今日の小林主任と中垣主任研究員との同行で自分の中の殻がパリンと音を立てて壊れるような気がした。自分がいいと思っていた営業方法だけど、少しの違いでこんなにも相手に商品の良さを伝えられるのを知った。もっと勉強してもっと商品を理解して、その良さを客先に届けたい。


 そんな思いがある私には簡単に仕事を辞めるということは出来ない。でも、尚之との恋の結末と同じ結末が待っているのではないかと思うと今、副島新と離れるという自信はなかった。


「あー疲れた。マスター。いつもの」


 静かな空間を破るようにドアが開き、入ってきたのは仕事帰りに女性だった。私はちらっとだけ見て、また自分のグラスに視線を移すと氷が解けてグラスには水滴がついていた。考え過ぎている間に思ったよりも時間が過ぎていたようだった。


 カツカツとパンプスのヒールが床を歩く音がして、私の横でピタッと止まった。何かと思ってみるとそこにはさっきは気が付かなかったけど見知った女性の顔がある。取引先の女性でつい最近も会ったばかり、見るからに仕事が出来るという風貌で、私は彼女と会うのを緊張したものだった。


 緑川清香さん。


 でも、仕事が終わった後の彼女は会社で会った時よりも数段に柔らかい雰囲気で、一瞬誰か分からなかった。でも、この綺麗な顔にも意思を持った瞳にも見覚えがある。


「緑川さん」
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