幸せそうな顔をみせて【完】
 副島新は私が手渡した指輪を握りしめ取った手は左手ではなかった。ピンクサファイヤは元にあった場所。右手の薬指に嵌められた。これが副島新の答えなのだろう。


 自分の最大限の勇気は儚く散ってしまった気がした。副島新を私は掴まえることは出来なかったのだろうか?考えてみれば、副島新はまだ若い。結婚というもので縛られるなんて嫌なのだろう。それにこれから本社営業一課に行くと周りにも今まで以上にたくさんの人が溢れるだろう。


 新しい世界を前にしたら私なんか忘れてしまうだろう。


「それが答え?」


「ああ。でも、まだ話は終わってない」


 副島新は自分のスウェットのズボンのポケットから真っ黒なビロードの箱を取り出し、開けるとそれを私に見せたのだった。そこには眩いばかりに輝くダイヤモンドの指輪があって、その綺麗な輝きから視線が外せない。これはどう見ても…。


「給料三か月分。俺も葵を結婚で縛るつもりだった。フライングするなよ」


 どこかのコマーシャルで擦り切れるほど聞いた『給料三か月分』という響き。そんな言葉を言いながら、私の左の薬指にその輝きを嵌めていく。


「葵。かなり効果のある虫除けだから絶対に外すなよ」


 甘い言葉もないけど、副島新らしいと思う。


「こういう時はもっと甘い言葉を囁いてくれるものじゃないの?」


「そうだな。名実ともに俺のモノになった時に言ってやるよ」
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