幸せそうな顔をみせて【完】
18 幸せそうな顔を見せて
 あの時は梅雨の翳りの残る初夏の日だった。

 
 あれから一か月が過ぎた今、季節は夏真っ盛りと言うべきか、この猛暑をどうやってやり過ごすかを考えないといけない時期になっていた。どこまでも続く空はもう夕方だというのに、陽の翳る気配はなく鋭い陽射しが私に降り注いでいる。

 
 努めて平静を装い私はあの時の居酒屋に向かっていた。横に副島新の姿はなく、居酒屋に行ったら、私は質問攻めにされるだろう。焼けたアスファルトをパンプスのヒールがコツコツと規則的に音を立てては途切れる。今からの状況を考えると行きたくないと思うのは間違いではない。


 それなのに、居酒屋は目の前に見えてきて、コツコツという音と共に私の身体をその居酒屋の逃げられない空間に運んでいく。


 同期六人の飲み会。


 つわりで具合がよくないはずの未知まで出席となると私が逃げるわけにはいかない。今日の集まりの理由は『電撃結婚の事実を解明する会』。まだ副島新の転勤の話題は出てないからそうなんだけど、副島新の転勤の話が出たらどうなるのだろう。


 翌週の月曜日に人事発表があり、それに伴い副島新の本社営業一課への栄転が決まっている。支社から本社営業一課に行くというのは中々ないので、支社を上げての騒ぎとなるだろう。それだけ本社営業一課というのは凄いのだと分かる。



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