幸せそうな顔をみせて【完】
「俺も嫌いじゃない。元々、そんなに住むとこには興味はないけど、自分の過ごしやすい空間というのは悪くない。でも、どんなところでも傍に葵がいればそれでいい」


 さっきの私の妄想を副島新はハッキリと言葉にする。そんな言葉を聞きながら……。私は黙るしかない。やっぱり可愛い言葉なんか私には言えなかった。でも、繋がれた手を少しだけ握り返すと……。副島新はそれでいいと言ってくれるかのような綺麗な微笑みを浮かべる。


 これでよかったと言外に教えてくれる優しさを私は好きなのかもしれない。傍から見れば私も副島新も不器用かもしれないけど、私たちは私たちなりのスピードで時間を探して行けばいい。


「なあ、ここで俺の部屋の置いておく食器を買わないか?」


「食器?」


「ああ、本当ならここで家具を全部買いたいと思うけど、それはまだ先の楽しみに取っておいて…今日は何か食器を買おう」


「私。料理はそんなに好きじゃないけど」


 一人暮らしをしているから、それなりに自炊はしている。でも、それは最低限の自分のお腹を満たすことだけに費やされることであって、誰かのために料理をするというのは今の私には考えられない。それに、私の料理の腕で副島新の食を満たせるとは思わない。世の中には料理が好きで男の人に求められる女性がいるけど、私はそんなタイプじゃない。


「あ。マジで?なら練習して」


 こんな言葉を言うのはやっぱり副島新だからだと思う。普通の男の人は付き合ったばかりの彼女に『料理の練習をしろ』なんて言わないだろう。
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