オフィスの華には毒がある
バックの中では、もふもふのかわいいアルパカのぬいぐるみキーホルダーが揺れていて。


思わずそのもふもふを手で確かめる。

あんたは、環と元カレの愛の証、なんてとんでもない任務から解放されて、自由なんだよ、と思いながら。


ああ、もう。
これからフラれにいくんだ、わたし。32歳にもなって。



自分でも、よくそんな勇気が出たな、と思いつつ、もう一度バックの奥からスマホを取り出し、主任の名前をディスプレイに表示する。


時刻は夜の八時。
しかも、金曜日。


……カップル、思いっきりデートの時間帯じゃない?


さすがに、主任とフェロモンさんが、わたしからの着信を伝えるスマホを眺めながら
『おーい、かかってきちゃったよー』
『嘘でしょ?あたしたったさっき釘さして来たのにぃ』
『出るわけないだろ!ちゅっ』
……とかなってたら泣くんですけど。


フラれるとかそういう以前の問題で。
自らのしょうもない妄想で、涌き出た勇気が急にしぼむ。


ふるふるふる、と首を振り、えい!と発信の表示をタップする。

わたしは、前を向いて生きていくんだ。
< 277 / 312 >

この作品をシェア

pagetop