黄昏と嘘
アキラは無言のまま手際よく材料を用意し、包丁をチサトが使うよりもずっと上手に使う。
こうしてキッチンに立つのはどれくらいぶりだろうか。
そんなことを考えながら彼は視線をテーブルの方へと向ける。
『アキラは料理が上手いから私の出番がなくなっちゃう』
『ね?こうしてずっと一緒に笑って過ごせたらいいね』
・・・ふとそんな声が聞こえ、一瞬、胸がえぐられるような感覚に襲われアキラの手が止まる。
そう、そこにいるのは決して「彼女」ではない。
どうしてそんなことを思い出してしまったのか。
それはきっと、チサトを抱きとめた時、忘れかけていたひとの温かい感覚を思い出した、そのせいかもしれない。
アキラは視線を手元に戻し、目を閉じて大きく息を吸ってゆっくりと吐き、再び目を開ける。
彼の目の前にいるのはあの「彼女」ではなく「日ノ岡 チサト」だ。
チサトはそんなアキラに今、見られていることも気付かず、自分に起こっていることが本当かどうか確かめたくて自分の頬をぎゅっとつねっている。
「痛い・・・」
小さな声でそうつぶやき、本当に、現実に起こっている出来事なのだと嬉しくなり頬をさすりながら自然と笑みになる。少ししてアキラと目が合い、顔を真っ赤にしてびっくりした表情になる。
そして彼女はアキラにいつものように笑う。
真っ直ぐに。
そのチサトの笑顔はさっきのアキラの苦しい思いを少し穏やかにさせていた。