黄昏と嘘
どうしよう、帰ってきたこと、先生に言っておこうか・・・。
黙ってたらまだ帰ってきてないと思って心配するかもしれないし・・・。
チサトはふとあの雨の夜のことを思い出す。
アキラが心配して迎えに来てくれた夜。
戻れるのなら何も知らなかったあのときに戻れたら。
もう聞かない、詮索しないと決めたのもあの夜だったのに。
この先、どうアキラに接してゆけばいいのか。
とりあえず、今日は気持ちも落ち着かせたいと思い、そのまま自分の部屋に入ろうと黙ったままで自分の部屋に向かう。
しかしピアノの部屋の前を通ったとき、アキラが穏やかな表情で鍵盤を叩く姿が脳裏によぎる。
その瞬間、どうしても彼の姿を確かめたくなり、戸惑いながらも部屋の前で立ち止まってしまう。
そしてそっと気付かれないようにドアを開け、隙間から中をうかがう。
チサトの瞳には思った通りの表情でピアノの鍵盤に向かう、アキラの横顔が映る。
そして彼の姿を確認すると彼女は無意識のうちに声をかけてしまった。
「ただいま・・・です」
チサトの声に気づいたアキラが鍵盤から手を下ろし、声の方を向く。
彼はいつもと違う様子の彼女に一瞬、不思議そうな顔をするがゆっくりと答える。
「・・・ああ、おかえり」
しかし夕陽を背にしているからアキラの表情が影になってチサトにはわからない。
笑っているのか、いつもの無表情なのか。
チサト自身の今の精神状態からもしかしたら彼も哀しそうな表情をしているのではないかと思ってしまう。
ひとの感情は簡単に相手に伝わり、そして相手も自分と同じ感情に簡単に陥ってしまうものかもしれない。
聞こえた彼の声のトーンは哀しくチサトに伝わった。