黄昏と嘘
本当ならアキラから「おかえり」と言われたら、出て行くときの「いってらっしゃい」同様にきっと嬉しくて仕方なかったかもしれないが、今はそんな心境にもなれない。
逆にその「おかえり」という言葉にチサトはさっきまで我慢していた涙がまたこぼれそうになり、そのままその場から動けずにいた。
モモカに話を聞いたからか、それまでチサトの中でぼんやりとしていた「大切」な「彼女」の存在が妙にリアリティを増し、頭の中が真っ白になる。
黄昏時、こうしているとLL教室での彼を思い出す。
・・・先生はやっぱり、嘘つきだ。
「全く・・・いつまでそこに立ってるつもりだ?
聴くのなら入りなさい」
何も知らないアキラは彼女に声をかける。
そしてその言葉に引き寄せられるように何も答えず、チサトもまたゆっくりと部屋に入ってゆく。
「・・・私、いつも先生が弾いている曲・・・が、好きで・・・」
チサトはピアノのそばまでやってきて、手を後ろで組んでアキラが曲の続きを弾いていた手を見つめながら言った。
しかし声は途中から小さくなって消えた。
なんとなくアキラの方もやはり彼女の様子がおかしいと察したのか、言葉を聞き返すこともせず、そして彼からも何も言わなかった。