黄昏と嘘
チサトは雑踏の向こう側、ぼんやりとアキラの授業を思い出す。
低く通る声。
テキストを丸めるクセ。
うつむいたときに額にかかる髪。
少し、胸の奥が苦しくなった。
それから。
聴かせてくれたピアノ。
絆創膏を巻いてくれた指。
チサトに見せた笑顔。
そんなことを思い出しているとさっきよりも胸が苦しくなり、それはまるで締め付けられているほどにたまらなくなる。
そして涙が落ちそうになり、彼女はうつむいて首を左右に振る。
どうしても想いは彼に戻ってしまう、これではダメだ、そう思いながら顔を上げたとき、ホームの端に見覚えのある男性の姿が目に入った。
ぼんやりとその人影を意識する。
チサトはその人影を認識するのに時間を少し要し、目を凝らしてもう一度、見る。
あれ・・・?
まさか、ね。
見覚えのある・・・、いや、きっとアキラに似た人だ、彼がこんなところに来るわけがない。
彼女はそう思って自分の中に出てきた気持ちを打ち消そうとする。
しかしその人影はチサトが否定をしてもやはりアキラのようにも見える。
意識の遠くでその人影をどうにか認識しようとしているためか、チサトはぼんやりとしたままだ。
するとその男性がチサトに気づいたようにこちらへやって来た。