銀座のホステスには、秘密がある
「サラ。いつもありがとう」
「いいえ。こちらこそ」

殿と小さなカフェバーに入った。
喫茶店みたいなその店は、アフタ―って感じじゃなくて、普通に二人で飲みに来ているみたい。

彩乃さんの相談をされるんだろうか。
殿の口からその話が出たら、アタシは微笑んで聞く自信がない。

「末永さんな。普段は固いんだよ。俺がどんなに面白い企画を提案しても、クスリとも笑わないんだ。サラの前だけならあの人表情を崩すんだよなぁ。本当に助かったよ」

さっきまでのハイテンションな殿と違って、低い声でゆっくりなテンポの話し方。
胸の奥の方がザワザワしている。

「そんなことないですって。殿も一生懸命盛り上げてたじゃないですか」
「でも俺じゃ無理なんだよ」

殿がテーブルに突っ伏した時に、オーダーしていたカクテルが運ばれてきた。
疲れてるんだね。

「あとカシューナッツを一つ」
「はい」
口ひげを生やした店員さんが戻って行く。

「あ。俺もカシューナッツ好き」
「知ってますよ。殿の分ですよ」
「なんで?俺、言ったっけ?」
「言われなくても分かりますよ」
「すごいな、おまえ」

本当は人の名前を覚えるのも苦手。
最初の頃は、何度か来てくれたお客様でも名前が覚えられなかった。
だから、自分なりに努力した。
覚えることが仕事だと言い聞かせて、ひたすらお名前や、話した内容とかをメモを取るようになった。
今では、そのお客様ノートを埋めるのが趣味みたいな、そのページが増えていくのが密かな楽しみみたいな感じになっている。

「サラは、この仕事が天職なんだな」

殿に褒められたけど、軽く微笑むだけにした。
天職って、天性の物ってことでしょ?
アタシは違うの。
努力して、アタシには無い物をいっぱい取り入れて、やっとサラが出来上がるんだから。
彩乃さんみたいに、ほとんど素でやってる娘とは違う。
あの癒し系の笑顔も、独特のほのぼのしたテンポもアタシには出せない。

「ほら」
殿がグラスを傾けるから、
「乾杯」
そのグラスにアタシのグラスを合わせた。
殿がクシャリと笑う。
アコースティックのギターの音色が、二人の時間を特別な瞬間に演出してくれる。
お腹がくすぐったくなった。

カウンターに二人で並んで座っていると、勘違いしそう。
できるなら私服で来たかった。
お気に入りのドレスだけど、これじゃアフタ―って感じから抜け出せない。

アフターは仕事の内って分かってるんだけど、今だけは違うって思いたい。
束の間の夢でいい。
今、アタシは殿と二人で……

「あれ?上杉ちゃん?やっぱそうじゃん。うわー、すごい綺麗な娘連れてんね。どこの店の娘?」
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