君の隣
攘夷決行!
私は、下関に戻った。
先に来ていた、久坂さんらと合流した。
なつ「私・・・。高杉も言ってたけど、夷人との戦は、分が悪いと思います。圧倒的に、武力が適わない。」
久坂「何を言ってる!始まる前から弱音か!」
稔麿「そうだよ!今、言うことではない!我らが公明寺党からは、凄腕の奴らが集まってる。」
そして、この、公明寺党の大半が、下級武士で、上士大組からは、疎まれていた。
しかし、この、公明寺党が、上士達から砲撃の主導権を強引に奪って握ってしまう。
そして、5月10日。
メリケンの商船を砲撃した。
次に、23日。フランスの通りかかった商船を砲撃。
準備していなかった、フランスの商船はすぐに逃げた。
「夷人の奴らめ!逃げ帰りよった!はははははっ!」
あれは、きっと、商船だからだ・・・。
26日。
オランダの船を襲撃したら、反撃され、マストが折れた。
しかも、これだけでは終わらなかった。
6月1日。
メリケンの船に砲撃を受けた。
なつ「報告します。軍艦癸亥丸は大破により、戦闘不能。庚申丸(こうしんまる)は撃沈、壬戌丸は大破沈没。死者8名です!」
私は、この世の物とは思えない、戦場を見た。
なつ「やっぱり、高杉の言ってた事が正しかった・・・。」
ずっと、高杉は、武力を強くしろって言ってたのに・・・。悔しさでいっぱいだ。
続いて、5日。
フランス軍が、下関に上陸。
民家と、長州軍本陣を焼き払い前田砲台を破壊して、火薬や砲弾を海に捨てられてしまった。
ここでも死者5名。完敗だった。
私は、以前、高杉の言っていた、橋を渡るために金を払わされている原住民の話を思い出した。
なつ「同じ目に遭う。何とかしないと・・・。」
焦る気持と不安な気持ちに苛まれた。
私は、砲撃された後の町を佇んで見ていた。