恋する淑女は、会議室で夢を見る


―― 土曜の夜のお詫びは、いつ言ったらいいんだろう

そんなことを思いながら、前に座る桐谷専務を見た。


清潔そうにプレスの効いた白いシャツがスーツの襟元から覗いている。

考えてみれば、こんなふうに専務を後ろから見つめる機会はそうそうあるものじゃない。
次々に入ってくる役員や秘書で騒めく中、真優は無遠慮に専務を観察してみた。



真優の身だしなみにクレームを言っただけのことはある。
靴はいつだってピッカピカだしスーツには糸くずひとつついていない。

すっきりとした襟足や、油断なく後ろに流している髪を見ながら ふと思った。

――いつ髪を切っているのだろう?

いつも整っているので、いつ髪を切っているのか全然わからない。





間もなく会議が始まった。

シーンと静まり返る会議室に、司会者の声が響き
やがて活発な会話が飛び交う中
ふとした拍子に、桐谷専務のコロンが微かに真優の鼻腔をくすぐった。

と同時に
真優の脳裏に突然、夢の中と同じシーンが浮かぶ。



ファースト・キス…


そういえば私、専務とキスしたことがあるんだ…。


それは間違いなく相当ショックな事件だったはずなのに
何気ない日常の記憶の中に埋もれていた。


そういえば私、専務にお姫さま抱っこされたこともある…。



ふいに専務が振り返り



小さな声で
「A社のこの前の会議の資料持ってる?」

と聞いてきた。


慌ててファイルから資料を探し出した真優は、桐谷専務に資料を渡し
専務が前を向くとホッと胸を撫で下ろした。



――会議中だぞ 真優 しっかりして!

そう自分を叱咤しながら
ドキドキと高鳴る胸が、会議の緊張からくるものなのか
それとも別の理由によるものなのか
真優は考える余裕もなく、キュっと唇を噛み、司会者の声に全神経を傾けた。

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