恋する淑女は、会議室で夢を見る
・・・
抱きしめた時の様子から、熱はないと思った。
体から伝わってくる胸の鼓動も異常は感じられなかったし、本人が言う通り、寝不足なのだろう。
―― かわいそうに…
身だしなみはいつものように整ってはいたけれど、顔色があまり良いとはいえない専務の顔を思い出し、真優はため息をついた。
”君の顔を見たら眠気に襲われた”は、余計だ。
でも、そんな憎まれ口を言う余裕もあるのだから安心とも言える。
20分後に声を掛けてみて、もしまだ体調がよくないようなら瀬波と相談しようと思いながら真優はパソコンに向かった。
―― 専務、いい匂いがしたなぁ…
キーボードを打つ手を止めて、クンクンと自分の手首を香ってみた。
今朝初めてつけたコロンのいい香りがした。
桐谷専務に身だしなみを注意されるまでは、真優が身に着けていた香りといえば、せいぜいシャンプーの香りくらいで特に興味もなかった。
でも今は違う。ユキに勧められてほんの少しコロンをつけるようになってからは、いくつかの香りをその日の気分で楽しんでいる。
今日、新しいコロンにしたのには理由がある。
昨日の日曜日、真優はマー先輩と会った。
ホテルのロビーで桐谷専務に助けられたようにして別れたあの時以来のデートである。
エレベーターの中で突然優しい先輩から男へと豹変したマー先輩を目の当たりにした真優は、先輩と会うことはもうないだろうと思っていた。
でも、あれから3週間の間、
SNSや電話でやりとりしているうちに、少しづつ気持ちは落ち着いてきた。
『ごめん 真優
二度とあんな風に強引なことはしない』
マー先輩こと白木匡は、電話口で真優に心から謝ったのである。
桐谷専務に『あの小生意気なCEOが怒るのも当然だ』と、呆れられた事は微かに覚えていたし、
同じようなことを親友の絵理にも言われて、
ああなるに至った理由が自分の無神経さにあると知り、真優なりに反省もした。
会って話をしたいと言われても、実際会うことはとても勇気がいることだったが、
それ以上に、このまま会わないでいるのは不誠実過ぎると思った。
そして、また会うことになったのが昨日だ。
起きたことはリセットできない。
それは真優も白木匡も十分にわかっていた。
真優のまわりにチラつく桐谷遥人という存在を知ることにより、匡は自分の中に潜む強い嫉妬心と向き合わざるを得なかった。
毎日会えた学生の頃とは違う。
起業して重い責任のある立場では、真優のために割ける時間も少ない。
悩んだ匡は、余裕を捨てることにした。
真優の気持ちを待つと言っていたことを取り消し、
待ちたくはない、という毅然とした態度に出たのである。
『結婚してほしい
それが無理ならKIRITANIをやめて、M&Mに転職してほしい』
彼は『真優、俺の近くにいてほしいんだ』
そう言った。
「・・・」
真優は自分の人生について
今、真剣に考えている。
新しいコロンは、少し気合を入れるために爽やかさが増す香りだ…。