恋する淑女は、会議室で夢を見る


―― 先輩…

専務の秘書になれば
 氷室先輩とも離れることになる…


店内に静かに流れるジャズは、どこか切なげに響き
真優の胸をキュウキュウと締め付ける。


辛さを紛らわすように外に目をやると
路地は薄暗く、人通りも疎らで

眩しかった大通りの喧騒も、突然の人事異動の騒ぎも
遠い世界のことのように思えてくる。


真優は心の中で、呟いた。


――時間よ止まれ


 このまま

ずっと…



そんな真優の願いも空しく
やがて、珈琲とカフェラテが届き

書類をビジネスバッグにしまって、
ゆったりと座りなおした氷室先輩は
珈琲カップに指をかけながら、おもむろに口を開いた。


「専務秘書
 がんばれよ」


…先輩


言いたいことは山ほどあった。

――私ね、与えられて場所でがんばろう
  愚痴はもう言わないって、決意した矢先なんですよ

でも…

幾重にもハートが重なった可愛いラテアートを見つめながら
真優は全ての言葉を飲み込んだ。


「はい
 がんばります」


そして真優はスマホを取り出し、
カフェラテのハートをカシャっと写真に記憶した。

もしかしたら最後かもしれない
先輩とのお出かけの記念に…。
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