恋する淑女は、会議室で夢を見る


「ありがとうございます
 父が珈琲を好きなので、淹れ方を覚えたんです」

「そうでしたか
 どうぞどうぞ
 冷めないうちに専務にお出ししてください」

「瀬波さんも珈琲飲みますか?
 自分の分をいれるので
 よかったら一緒に入れますが」

「そうですか
 ではお願いします」

「はいわかりました」



それから少しして
瀬波の席に、真優が珈琲を持ってきた。



「失礼します」


執務室を出る真優の後ろ姿を見送った後、

瀬波は確認するように
真優が淹れてくれた珈琲の香りをゆっくりと楽しみ、

そっと口にした。



――なるほど、美味しい


豆は同じ豆だから、驚くほどに違う訳ではないが
他の秘書が淹れる珈琲とは別物である。


青木真優が秘書になってから
桐谷専務は下のフロアに珈琲を買いに行くとは言わなくなった。

ゴミ箱に蓋付きの紙コップがないことから
自動販売機の珈琲は買っていないこともわかっていたが
青木真優が淹れる珈琲を認めたということなのだろう。



それほど期待をしていた訳ではないが…

そう思いながら瀬波は、また珈琲に口をつけた。



配属した理由は、本人にも言った通りであったが
熟慮したというよりは思いつきで決めたに等しく
見えない可能性への賭けでもあった。


あれから3日
珈琲のことばかりでなく、一度も遥人が不満を口にしない事を考えれば
とりあえず今のところ今回の人事は成功していると言える。


――ともかく良かった


ホッとした瀬波は、飲みかけの珈琲を机の端に追いやり
山積みされている資料に手を伸ばした。


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