残業しないで帰りたい!
口を固く結んでうつむく俺を、里美さんはしゃがんで覗き込んだ。
「どうして?翔太くん、お母さんに会いたいんでしょう?」
「もういいっ!あの人は僕を捨てたんだ!」
俺のその言葉を聞いて、里美さんは目を大きく開いた。
「そんなわけないよっ!母親が子どもを手放すなんて、身を切られるより辛いことなんだよ?きっと体の半分取られちゃったみたいにお母さんは苦しんでるよ?それなのに、捨てたなんて思わないで!」
里美さんは興奮したように涙目になって大きな声を出した。
……なに大きな声出してるんだよ。
そもそもアンタが来たからこんなことになったんだ。アンタが来たからお母さんは出ていくことになったんだよ!
この時の俺は、何もかも里美さんのせいにして反抗的だった。
だから俺は里美さんの言葉には耳を貸さず、プイッとそっぽを向いた。
そんな意固地になっている俺を里美さんはじっと見つめた。
「翔太くん……。もし、またお母さんに会いたくなったらいつでも言ってね?わかった?」
「……」
里美さんは寂しげに微笑んで、それ以上は何も言わなかった。
そんなやり取りをしてから2年もしないうちに里美さんは親父と別れて出て行った。
それからは、いろんな女が親父のそばに来て、そして離れていった。
もう顔も名前も覚えていない。
そして結局里美さんは10年前、親父の元に戻ってきた。それからずっと親父のそばにいる。
親父のことは全く理解できない。里美さんのことはもっと理解できない。
あんな親父のどこがいいんだろう?
あんな奴のそばにいたいなんて気がしれない。
「お待たせーっ」
遊馬の声にハッと息をのんだ。
ぼやけていたピントの焦点が合って、めまいがするほど一気に現実に引き戻された。