残業しないで帰りたい!
痛みに耐えつつ彼女を見下ろしたら、彼女もフッと俺を見上げた。
目が合った瞬間、視線がロックされてしまったかのように目が離せなくなった。
その灰みがかった茶色い瞳。
その色合いはとても不思議で、吸い込まれるように目が離せなくなる。
息をするのも忘れて見つめ合いながら、二人の周りの空気が変化していくのを感じた。
何だろう。
包み込むような柔らかい空気。
ふわっと体を通り抜けて、胸の奥深くまで甘く痺れるように浸透していく。
甘い空気の余韻に浸ったまま、少し顔を傾けて囁いた。
「君は他の男にもあんなことするの?それとも、俺は……特別?」
「……そ、それは……」
咄嗟に『特別』という言葉が出てきた。
俺は君の『特別』でありたい。
俺の『特別』である君の『特別』になりたい。
マイナスからのスタートだと思っていたけど、どうやら嫌われてはいないみたいだし。
あんなに近寄ってじっと観察したり、あんな風に照れるなんて。
やっぱり期待してしまうよ。
俺の質問に青山さんは小さく動揺し、そして困った顔でわずかに首を傾げた。
そうだよね?
そんなこと言われても困るだけだよね?
「……ごめん、変なことを聞いたね。……じゃあ」
甘い空気に酔っておかしなことを囁いてしまった気恥ずかしさと、答えなかったことを青山さんに気にしないでほしいのもあって、微笑みかけてから階段を降りた。
青山さんから離れた途端、俺たちを包んでいた柔らかい空気は冷たい風に飛ばされて消えてしまったけれど、胸の奥には甘い痺れだけが残り続けて俺を満たしているようだった。
その後出た管理職会の内容なんて忘れた。
何か発言したけど、それも忘れた。
君は俺をどう思ってるの?
怖くはないの?
あんな風に観察するなんて。
少なくともマイナスの状態から浮上できた?
期待してもいいのかな?