残業しないで帰りたい!
腕の中でもがく彼女の柔らかい感触は切なく愛おしいのに、自由を奪うことに優越感を覚える己の器の狭さに辟易する。
「翔太くんっ……苦しい、よ……」
「ダメッ!離さない!」
「顔が、見たいの」
「……逃げない?」
「逃げないよっ」
そんなことを言われてしぶしぶ力を緩めると、香奈ちゃんは少し体を離して俺を見上げた。
この時俺は、どれほど不安な顔をしていたんだろう。
「……翔太、くん……?」
香奈ちゃんは急に心配そうな瞳をして、俺の頬に手を伸ばした。
「そんな顔、しないで……。私、逃げたりしない」
「……うん」
「でも、本当のことを教えて?翔太くん、今でも行きずりの人と……」
「そんなことしないっ!」
思わず被せるように大声を出してしまった。
俺の大きな声に香奈ちゃんはビクッと頬から手を離すと、うるっと泣きそうな顔した。
ああっ!ごめん、ごめんね、香奈ちゃん。
ビックリしたよね?
でも、そんな風に思わないで。
俺、もうそんなこと、してないんだ。
「ごめん……。大きな声、出したりして」
香奈ちゃんは唇を噛み締めてわずかに首を振った。
そして、フイッと俺から目をそらすようにうつむいた。
その仕草にまた不安を感じる。
頬を撫でたいのに、不安に駆られて動くことすらできない。
そんな苦しそうな瞳……。
やっぱり、嫌いになった?
それとも力ずくで抱き締められて嫌だった?
細い肩を手加減もせずに無理矢理押さえ込んだことを今さら後悔した。
だって、不安になったんだ。
君が俺から離れてしまうんじゃないかって、逃げてしまうんじゃないかって、たまらなく不安になったんだ。