残業しないで帰りたい!
「だからね、私が翔太くんのことを嫌いになるなんて思わないでほしいの」
さっき俺が不安になったから、そんなこと言ってくれるの?
君は本当に優しいな。
「……うん、わかった。……ありがとう」
そもそも不安になるなんて、俺も遠慮というかまだ少し彼女との間に距離があるのかもしれない。
本当はもっとお互いに素の自分を出して、言いたいことを言って、やりたいようにやって、喧嘩くらいしてもいいのかもしれない。
小さくため息をついて香奈ちゃんの髪に唇を寄せた。
「俺もどんな香奈ちゃんのこと全部好きだよ」
「うん……」
どんな香奈ちゃんも全部好きだから、どんな姿も全て見せてほしい。俺は君に何をされても、君を嫌いになったりしない。
君も同じ気持ちなんだろうか?
そのまま髪に頬を寄せて富士山を見つめた。
威厳があって近寄りがたい、静かに佇む白い富士山。
でも、二人で眺めたらなんとなく身近で当たり前の景色になったような気がした。
君と一緒にいると、俺の中のいろんな景色が変わっていく。
もしかしたら。
俺はそれも少し恐れていたのかもしれない。
今まで一人で生きてきて、自分一人の世界を持っていたのに。
君と一緒にいると空気が変わる。感覚が変わる。生活様式が変わる。
自分だけのルールでは生きられなくなる。
そんな変化が少しだけ嫌だったのかもしれない。
もしかして、香奈ちゃんはそういう俺の気持ちに気がついていたのかな?
だから遠慮しているの?
そうだとしたら、俺のせいだ。
でもね、思いのほか嫌じゃなかったんだ。
自分で思っていたほど、変化は怖いものじゃなかった。
むしろ君がそばにいる温かい空気を知ってしまった俺は、もう一人きりの世界になんて戻れないんだよ。