残業しないで帰りたい!
手を軽く握ったまま顔を上げると、香奈ちゃんは驚いて目を丸くしていた。
「……本物の王子様みたい」
「君のためなら、王子にでも何にでもなるよ。こんなオッサンでよければ」
「翔太くんはオッサンじゃないし、それに無理して王子様にならなくてもいいの」
君ならそう言うと思った。
「そう?」
「そう!私が好きになったのは王子様じゃなくて翔太くんだもん。もういい加減、王子様コンプレックスから卒業しなさい!」
王子様コンプレックス?
君は俺のこと、そんな風に思っていたの?
でも。
それは、言い得て妙だね。
その通りだったかもしれない。
「大丈夫。もうとっくに卒業したよ」
「ホント?」
「うん。香奈ちゃんがそばにいてくれるから、俺はもう大丈夫」
「……良かった」
香奈ちゃんはまた輝く笑顔を俺に向けた。
王子様コンプレックスか……。君は俺のダメな部分もちゃんと見てくれていたんだね。
そんなダメな俺を理解してくれている。
俺も君を誰よりも理解したい。
流れていく時の中で全てを理解するなんて出来ないけれど、だからこそ毎日君を知り、理解する努力をしよう。
しばしの沈黙に、顔を見合わせてふふっと笑い合う。
こんなかしこまった日でも、俺たちはやっぱり同じ空気を共有しているね。
この柔らかい空気、この安心感は他にはない。
「君に出会えて本当に良かった。……ありがとう」
「私も。あなたに会えて良かった」
香奈ちゃんは両手で俺の手を引き、立ち上がるように促した。そして両手を握ったまま、俺をじっと見上げた。
「……私も生涯あなたを愛し続けると誓います。だから、末永くよろしくね」
光を背に浴びてにっこりと笑うその姿の美しさ、可愛らしさは一生忘れない。
でも、今日は結婚式当日。
二人でゆっくり話せたのはこの時間だけで、教会での結婚式もその後の披露宴も、嵐のように慌ただしく過ぎていった。