残業しないで帰りたい!

あれ!?
話が違うじゃない!
陣痛始まっちゃったの?

この病院では、夫は一緒に陣痛室に入れないと子どもが産まれるまで陣痛室にも分娩室にも入れなくなる。
つまり、ひたすら外で待つしかない。

先生、明日になるかもって言ってたんじゃないの?

ああ、もう少し早く来たら一緒にいられたのに失敗した。

頭を抱えて待合室のベンチに座った。

「あらやだっ!絵に描いたような旦那さんの図ねっ」

通りかかった看護師に笑われて顔を上げると、オバハン看護師はニッと笑った。

「どうせ一緒にいたって男は何の役にも立たないんだから、気にしなさんな!どーんと構えてなさい!」

「……はあ」

ふと周りを見ると、ベンチに寝転がって漫画を読んでるヤツとかパソコン打ってるヤツもいる。

なんでみんな平気なんだ?
不思議だよ!

とりあえず、パソコンは持って来たけど、とてもじゃないけど仕事をする気になんて、なれない。

だって。
出産で死んでしまうことだってあるんでしょ?

あの灰みがかった茶色い瞳は、今ここでの寿命を示しているんじゃないよね?

もし、香奈ちゃんが死んでしまうようなことがあったら……。

それは俺のせいだ。
俺が殺したも同然だ……。

ああ、もし子どもだけが無事だったりしたら、俺はその子を愛せるだろうか。
でも、その子は香奈ちゃんが産んだ子なんだ。

「はあー……」

頭を抱えて座ったり、思い出したように立ち上がったり。

どうしようもない妄想が暴走して全然落ち着かない。

いやいや。
大丈夫。
大丈夫だよ。

香奈ちゃんは必ずまたあの笑顔を見せてくれるに決まってる。

「藤崎さん、藤崎さーん、……いらっしゃいませんかー?」

……。

ハッ!オレ?

「あ、は、ハイッ!」

勢いよく立ち上がる。

何かあった?
香奈ちゃんに何かあったんじゃないだろうな!
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